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浦和地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1について

〔中略〕

2 そこで、本件処分において、右借地権等を対象としなかったことが本件処分の取消事由となるかどうかについて検討する。

(一)  〔証拠略〕を合わせると、次の事実が認められる。

(1)  昭和六三年当時、被告の草加駅東口再開発事務所(以下、「再開発事務所」という。)の所長であった高橋俊明(以下、「高橋」という。)は、本件権利変換計画を定める前提として、原告らの従前資産について本件調書案を作成したところ、右作成に当たっては、従前資産の土地登記簿謄本及び建物登記簿謄本により所有名義を確認し、土地の所有名義と建物の所有名義が異なる場合は一応借地権が存在するものとして土地調書案を作成した。

(2)  原告らは本件事業に関する被告との交渉を武一に委ねていたので、高橋は、昭和六三年二月五日ころ、右本件調書案を武一方へ持参し、同人に対し本件調書の意義について説明し、持参した調書案は素案であるので訂正する事項があるかどうか確認し、訂正事項がなければ原告らに押印して貰いたいと依頼して、右調書案を同人に預けた。

(3)  しかし、武一は、昭和六三年四月一日、確認の押印がないままで右調書案を返還し、その際本件借地権や借家権については何ら意見を述べなかった。高橋は、その日のうちに再度武一方へこれを持参し、確認と押印をするように依頼した。ところが、武一は、程なく、またもや確認の押印がない状態で右調書案を返還した。なお、その際、原告佐兵衛の単独所有であった四二一番一ほか八筆の宅地に関する土地調書案の一枚目に同原告名で「四三三―一の一部宅地 長幸四郎殿 本件建物は賃借権は無断転貸又は無断譲渡により解除したので適法な借地権を有するものでないから、異議を申出る」という書込みがなされていたが、本件借地権については全く触れられていなかった。その後、高橋は数回にわたり武一方へ赴き、確認と押印を依頼したが、進展は見られなかった。

(4)  このように、本件借地権については、原告らから直接にその存否・内容について確認をとることも、また契約書等により確認することもできなかった。そこで、高橋は、本件借地権に係る宅地の所有者とその宅地上の建物の所有者がすべて親族関係にあり(ただし、原告野口商店については、その代表者)、一般に親族間における土地の使用に関する権利関係は使用貸借であることが多いことなどを考慮して、原告らから本件借地権の存否を確認することができない以上、右借地権があるものとして本件調書を作成するよりも、使用貸借であることを前提として作成する方が相当であると判断し、昭和六三年五月二一日付けでこのような内容の本件調書を作成した。その際、被告は、権利者である原告らが本件調書に対する署名押印を拒否することが明白であると考え、原告らに立ち会わせないまま、法六八条二項において準用する土地収用法三六条四項の規定により、草加市企画財政部管財課長を立ち会わせ、本件調書に署名押印させた。

(5)  被告は、本件調書の作成に伴ってその内容を原告らに通知することはしなかったので、原告らは、本件権利変換計画を縦覧するまで右内容を知ることができなかった。しかし、原告らは、右縦覧期間中に本件借地権を本件権利変換計画に定めなかったことについては何ら意見書を提出しなかった、なお、このような権利の存否については、真実の権利関係が権利変換計画に定められた内容と異なることが判明した場合には、事業期間内であれば権利変換計画の内容を変更することも可能であることから、高橋は、その後も、本件事業の事業期間満了する平成四年三月三一日までであれば本件借地権があるものとして本件権利変換計画を変更することが可能であることを原告らに説明し、本件借地権の存否について改めて確認を求めたが、原告らは、これにも何ら応答しなかった。

(6)  被告は、本件借家権のうち、(別紙一一)借地権等目録記載六の借家権を承知していた。しかし、借家権の存在を前提として権利変換計画を定める場合には、法七三条一項八号、八八条五項によれば、当該権利者が借家権を取得する施設建築物の一部を特定しなければならず、そのために右借家権の対象となる施設建築物の部分は区分所有とせざるを得ないところ、原告らは、借家権を取得しないことにより法九一条による補償金を求める意向を示すことはなく、むしろ原告らに与えられる施設建築物の所有形態は原告ら親族及び原告野口商店による共有にしたいとの希望が強かったので、被告は、借家権があるものとして施設建築物の一部を区分所有とするよりも、右借家権がないものとした方が原告らの希望に沿うものと判断し、右借家権はないものとして調書案を作成した。これに対し、原告野口商店は、本件調書の確認を拒み、異議の附記もしなかったので、被告は、草加市企画財政部管財課長を立ち会わせ、本件調書に署名押印させた。原告雄司、同野口商店は、本件権利変換計画の縦覧期間中にも右借家権について何らの意見書も提出しなかった。

被告は、(別紙一一)借地権等目録記載八の借家権については、原告野口商店及び武一からその確認を得られず、またこれを確認できる資料を入手することができなかったため、右借家権の存在を知ることができなかった。

(二)  以上のとおり認められ、右認定に反する証人野口武一の供述部分は、前記証拠に照らし採用できず、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、右認定の事実に基づけば、被告は、本件物件調書の作成に当たり原告らを立ち会わせなかったのであるが、原告らは、被告の本件借地権や(別紙一一)借地権等目録記載六及び八の借家権に関する調査を強硬に拒否し、これに関する本件調書案に対しても再三その確認及び署名押印を拒み、およそ意見を述べようともせず、また本件権利変換計画の縦覧期間中に右計画を縦覧した後も本件借地権や右措家権につき意見書を提出しなかったのであるから、このような原告らの態度に照らすと、たとえ原告らに本件調書を示しても、原告らがこれに対する署名押印を拒否することは明白であったということができる。そこで、このような事実に鑑みると、被告が本件物件調書の作成の際に原告らを立ち会わせず、原告らの署名押印に代えて草加市企画財政部管財課長に署名押印させたことの違法性は軽微であって、これによって本件調書が違法或は無効になると解することはできない。

ところで、法六八条二項により準用される土地収用法三八条、三六条三項によれば、土地調書及び物件調書の作成の際に異議を附記した施行者、土地所有者、関係人がその内容を述べる場合を除くほか、これら調書の真否について異議を述べることはできないから、施行者は、土地調書及び物件調書の右のような効力を前提として、土地調書及び物件調書に異議が附記されていないときは、これら調書の記載内容に従って権利変換計画を決定しうるものである。そこで、本件において、本件調書が違法・無効とはいえないから、被告が本件調書の記載内容に従って権利変換計画を定めた以上、本件借地権及び借家権をその対象にしていなくとも、本件権利変換計画は適法であるといわなければならない。

もっとも、施行者が土地調書及び物件調書を作成するための調査方法は、法六〇条において他人の占有する土地等に立ち入って測量又は調査ができる旨定められているだけであるから、施行者の広範な裁量に委ねられているものと解されるが、施行者が土地調書や物件調書を作成するに際し、右裁量権の範囲を逸脱したため、右調書に真実の権利関係を看過した瑕疵が存する場合には、右瑕疵の内容・程度によっては、土地所有者等からの異議がなくとも、右調書に基づいて作成された権利変換計画も違法となる事例が想定できなくはない。そこで、次に、本件調書にこのような瑕疵があるかどうかを検討すると、前認定のとおり、本件借地権及び(別紙一一)借地権等目録記載八の借家権は、全て、原告ら親族の間の契約(原告野口商店については、その代表者がその余の原告らと親族である。)によるものであったところ、原告らが右契約関係の存否及びその内容について一切の説明と資料の提供を拒んだため、被告としては、本件借地権と右借家権の存否及び内容を確認することは全く不可能であり、そこで、被告は、本件借地権に関わる宅地の所有者とその宅地上の建物の所有者が全て親戚関係にあり(原告野口商店については、その代表者がその余の原告らと親族である。)、通常そのような場合には借地権が設定されず、使用貸借関係に留まることが多いことから、本件借地権がないものとして、また右借家権は存在しないものとして本件調書を作成したものである。そうすると、右のような事情の下においては、被告としては、極めて限定された事実関係しか掌握することができず、それ故、このような限定された事実関係から合理的な推断を行う外ないところ、被告の右推断は合理性があるということができる(ちなみに、法六八条の準用する土地収用法三七条の二では、土地所有者、関係人その他の者が正当な理由がないのに法六八条一項に規定する土地調書又は物件調書の作成のための法六〇条一項又は二項の規定による立入りを拒み、又は妨げたため、これらの規定により測量又は調査をすることが著しく困難であるときは、他の方法により知ることができる程度でこれらの調書を作成すれば足りるものとされている。)。したがって、被告には、調査の方法に関して裁量権を逸脱した違法はないから、本件調書に瑕疵があるということはできない。

(三)  ところで、原告らは、原告らが高橋に対し本件調書案を返還したのは借地権割合に不満があったためであり、このことは被告も十分に認識していた筈であるから、本件借地権の存否が不明であったということはあり得ないと主張し、また、〔証拠略〕によれば、昭和六三年四月六日、草加市長から原告勅子に対し借地権割合の調整について意向の確認を依頼する文書が送付され、また他の原告らに対しても同様の文書が送付され、これに対し、原告らは、借地権割合を五〇パーセントとすることを希望する旨回答し、またその後も借地権割合を巡って原告らと被告の交渉が続き、原告らは表通りについて六〇パーセント、裏通りについて五〇パーセントの借地権割合を希望していたことが認められる。しかし、〔証拠略〕によれば、原告らは、従前資産として、本件借地権のほかにも賃貸している多くの土地を所有し、その借地人らは、原告野口商店を除く原告らと親戚関係のない者が多いけれども、原告らは、借地権割合に関する交渉過程では、如何なる借地権に関する交渉であるか明示することなく、せいぜい表通りと裏通りを区別して希望を述べていたにすぎないことが認められる。そして、証人野口武一の証言によれば、右借地権割合を巡る交渉は難航していたというのであるから、右交渉において当事者の念頭におかれていた借地権は、原告ら親族に関するものではなく、親族関係にない者に関するものであったと推認できる。そこで、右のような事実に照らすと、原告らが被告と借地権割合について交渉していたからといって、このことから直ちに、被告が本件借地権の存在を認識していたということはできない。

次に、原告らは、本件調書案が原告らに提示された時点においては本件借地権が記載されていたのに、後に至り当該部分につき使用貸借に変更したことは改ざんに当たると主張するけれども、前認定の事実のように、当初のものは、調書の案であり、原告らにその確認を求めたにすぎず、その後被告において原告らから右内容につき全く確認や説明を受けることができなかったため、その調査できた事実に基づいて本件調書を作成したのであるから、本件調書が改ざんされたものでないことは、明らかである。したがって、また、本件調書が改ざんされたことを前提として、被告が原告らにおいて本件借地権及び本件借家権の存在を理由に本件処分の効力を争うことはできないとするのは信義則に反する旨の原告らの主張は、失当である。

(四)  (別紙一一)借地権等員録記載六の借家権については、被告は、本件調書作成当時にその存在を知っていたから、これがないことを前提とした本件権利変換計画が違法であるかどうかについて、検討する。

法八八条五項によれば、施行地区内の建築物について借家権を有していた者は、権利変換を希望しない旨の申出をした場合を除き、権利変換処分によって借家権が与えられるべきであるから、施行者がその独断でこれを権利変換計画に記載しないことは、本来許されない。しかしながら、本件においてはち前認定のとおり、原告野口商店は、借家権を取得せずに法九一条による補償金を求める意向は示さず、借家権の存在を前提とすることとは矛盾するような、原告らに与えられる施設建築物の所有形態は原告ら全員による共有にしたいとの希望を強く表明しており、当初の本件調書案には右借家権は記載されていなかったが、原告らはこれについて全く主張せず、また、本件権利変換計画の縦覧期間中に提出された意見書においても右借家権を主張していないのである。そこで、右のような事実によれば、右借家権を存在しないものとした本件権利変換計画は、原告ら全員の希望に基づくもので、原告らはこれを容認していたものであり、また他の権利者に不利益を与えあるいは本件事業の施行に支障を生じるものではないから、違法性を欠くというべきである。

(五)  なお、土地収用法三八条但書は、土地所有者等は、土地調書あるいは物件調書の記載事項が真実に反していることを立証するときは、その真否について異議を述べることができると定めており、同規定は、収用委員会における裁決手続に適用されるものであり、法六八条二項は右但書の規定を準用しているところ、都市再開発事業においては、権利変換計画が縦覧され、これに対し法八三条二項に該当する権利者が同条三項の規定により意見書を提出し、そこで施行者が右意見書を審査する際、意見書を提出した右権利者が異議を述べる場合において土地収用法三八条但書の規定が準用されるものである。この場合、施行者が右意見を採択すべきものと判断したときは、審査委員会の同意又は市街地再開発審査会の議決を経て、権利変換計画を修正することとなる(法八四条二項、但し、個人施行者の場合を除く。)。そして、都市再開発事業のように或る手続はその前の手続を前提になされ、このような手続の連続によって全体の事業が順次進展する場合には、手続の安定のため、関係権利者が異議や主張を提出する機会も或る手続段階に制限され、その段階を過ぎると最早当該異議や主張を提出できないものとされることもあるのであって、右のような土地収用法三八条但書の規定が準用される都市開発法の手続段階及びその内容、右関係権利者の意見が採択される場合の手続及び効果などに照らすと、土地収用法三八条但書の規定は、施行者が権利変換計画を確定したものとしてこれに基づき権利変換処分を行った後においては、最早都市再開発事業に準用する余地はないものと解される。ところが、原告らは、本件権利変換計画の縦覧期間内に本件借地権及び借家権について意見書を提出せず、施行者である被告にこれについての異議を述べていないから、最早本訴において本件借地権及び(別紙一一)借地権等目録記載八の借家権の存在を立証して本件処分の違法を主張することは許されないというべきである。

(六)  以上のとおりであるから、本件借地権及び借家権を本件権利変換計画の対象としなかったことをもって、本件処分が違法であるということはできない。

二  争点2について

1  法は市街地の計画的な再開発を円滑に進めるための諸手続を定めているところ、市街地の計画的な再開発を進める場合、既存の市街地においては一般に権利関係が錯綜しているから、これを整序して新しい権利関係を創作することが必要であり、法が定める第一種市街地再開発事業における権利変換手続は、このように都市再開発のために必要な権利調整を円滑に行う手法である。そうして、法は、権利変換計画は関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮を払って定めなければならず(七四条二項)、施行区域内に借地権を有する者及び施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者に対して与えられる施設建築物の一部等の価額と従前の価額との間に著しい差額が生じないように定めなければならないと規定しており(七七条二項)、権利変換処分は、従前資産に対する権利を消滅させるとともに、変換後資産に対する権利を帰属させるものである(法八七条)。そこで、これら要素を考慮すれば、従前資産と変換後資産の均衡は、権利変換処分における基本的な要請であって、従前資産と変換後資産の差額が著しく、そのため右のような均衡を著しく失する場合においては、権利変換処分そのものが違法となるというべきである。そして、この場合においては、権利変換処分の違法性の有無が問題であるから、従前資産の価額自体を別途に争うことが可能であるからといって、従前資産と変換後資産の価額の差を権利変換処分の違法事由として主張することは妨げられないと解すべきである。

そこで、以下において、従前資産の価額と変換後資産の概算額との差額が、右のような意味における著しい差額に当たるかどうかについて検討する。

2  本件権利変換計画において定められた従前資産の価額が、(別紙一)ないし(別紙九)の各二項「権利変換期日前の権利の状況」における「価額」欄のとおりであり、また、変換後資産の概算額が、(別紙一)ないし(別紙九)の各三項「権利変換期日後の権利の状況」の「建築物施設の部分の価額の概算額」欄のとおりであることは、当事者間に争いがない。右によれば、従前資産の価額と変換後資産の概算額との差額は、次のようになり、両者の間には端数分の差しか認められないから、これによれば、従前資産の価額と変換後資産の概算額とに著しい差額はない。

〔中略〕

3  しかし、原告らは、従前資産の価額について、少なくとも収用委員会による裁決の結果を基準とすべきであると主張し、また、変換後資産の概算額についても、本件権利変換計画に定められた概算額は不当に高く評価されたものであり、その実質額はもっと低くなるはずであると主張するので、変換後資産の概算額について検討する。

〔中略〕

4  ところで、本件裁決の結果による従前資産の価額と変換後資産の概算額を比較すると、その差額は次のとおりである。

原告佐兵衛 二億八六八六万三八八九円

原告屋以 三七一五万四〇〇〇円

原告正昭 二五六万一一五二円

原告勅子 二五六万一一五二円

原告勝弘 一八三万三一四二円

原告雄司 一六一八万七三二五円

原告野口商店 一一三〇万五八七八円

右差額の変換後資産の概算額に対する割合は、次のとおりである。

原告佐兵衛 約二一パーセント

原告屋以 約三四パーセント

原告正昭 約九パーセント

原告勅子 約九パーセント

原告勝弘 約一六パーセント

原告雄司 約一二パーセント

原告野口商店 約三九パーセント

右事実によれば、原告佐兵衛、原告屋以、原告野口商店については、右差異する金額あるいは同金額の割合から、その差額が著しいものに当たるか否かにつき疑問がないではない。しかしながら、本件裁決については、原告ら及び被告がともにその変更を求めて訴訟を提起していて、本件裁決による従前資産の価額が正当であるかどうかは未確定であり、本訴においても、原告らは右価額の正当性を何ら立証していないから、本件裁決による従前価額を当然の前提としてこれと変換後資産の概算額を比較し、その差額を捉えて直ちに法七七条二項にいう著しい差額があるかどうかを決定することはできない。また、前認定のとおり変換後資産の概算額に合理性があることも考慮すれば、仮に右のような差異があるとしても、原告佐兵衛についてはその差額の割合に照らし、原告屋以及び同野口商店についてはその金額に照らして、いずれも、従前資産の価額と変換後資産の概算額との間に著しい差額があるとまでは認めることができない。

三  よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 小島浩 清水知恵子)

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